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第72話  

「何のこと?」

 篠田初は、まるで酸素を取り戻した魚のように、一気に正常な思考を取り戻し、輝くような目を松山昌平に向けた。

 「株式譲渡書にサインをしてほしいんだろう?今のうちよ!」

 松山昌平は高冷で傲慢な口調で言った。

 彼が承諾したのか?

 篠田初は信じられない思いで、稲妻のように急いで契約書とサインペンを丁寧に彼に手渡した。

 「松山さん、どうぞ!」

 全過程、彼女は息をするのもはばかりだった。表情を間違えたら、この気まぐれな奴がまたやめてしまうんじゃないかと心配していた。

 松山昌平は冷たく美しい顔を保ちながら、契約書の譲渡者のところにスムーズにサインをした後、感情のこもらない声で言った。「忠告しておくけど、俺たちの離婚協議書の内容を広めるようなことはしないほうがいい。要求があるなら、はっきり言ってくれ。陰でこそこそするのは面白くない」

 彼の言葉は氷の槍のように、冷たく心に突き刺さった。

 篠田初は一瞬呆然とした......

 彼が契約書にサインすることを快く思ったのは、鈴木秀夫の言うことなどどうでもよくなったからだと思っていたが、実際には......彼はまだ彼女を信じていなかった。

 しかし、彼女は気にしなくて、弁解しようとも思わなかった。

 離婚が決まった今、彼女が彼の目にどう映るかは重要ではなかった。

 彼がこんなにあっさりとサインしたのは、おそらくスムーズに離婚証明書を受け取るためだった。

 「ご協力ありがとう、松山社長。もし何も問題がなければ、証明書を取りに行く日は最後だろう。これでおしまいだね。それからは、無関係な二つの星ね。お互いに関わらない」

 篠田初は契約書を取り上げ、すっきりと立ち去った。

 松山昌平は彼女が去る方向に冷たい視線を送り、なかなか目を離さなかった。

 彼はこの女が自分から離れたがっていることをはっきりと感じ取っていた。

 彼は不思議に思った。なぜ彼女は八十億円を捨て、繫昌法律事務所を欲しがっているのか?一体何をするつもりだろうか?

 それに、繫昌法律事務所のパートナーたちは全員役立たずで変わり者ばかりだった。本当に彼女は彼らを指揮できるのか?

 ——

 翌日、早朝に起きた篠田初は、精緻なビジネスメイクを施し、フラットシューズを履いて、活気に満ちた姿で繫昌法律事務所に向かった。

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